【岩村明憲のメジャー1年目は山あり谷あり魔球あり】
【野球】
2007年12月7日 掲載月給は300~400ドル、昼食はサンドイッチでオフはアルバイト想像以上に厳しかったマイナー選手の生活 僕は開幕から1カ月もしないうちにマイナー生活を強いられた。 4月23日のヤンキース戦の五回に、井川から二塁打を放った時に右脇腹を痛めてDL(故障者リスト)入りしたからだ。 治療とリハビリのため、セントピーターズバーグのマイナー施設で1カ月以上も過ごすことになった。 開幕してからは打撃好調で、右脇腹を痛めるまで打率3割以上をキープしていた。それだけに、戦列を離れることには忸怩(じくじ)たる思いはあったが、今となってはマイナー施設で貴重な経験ができたと思っている。 僕がマイナーでリハビリをしていた4月下旬から5月にかけては、マイナーの中でも一番下のルーキー級の若い選手たちが延長キャンプを行っていた。高校を出たばかりの18~19歳のヒヨっ子ばかりだった。 昼食は球団が準備してくれるが、それでも毎日同じサンドイッチだ。クラブハウスの片隅にあるテーブル上に無造作に置かれ、若い選手が空腹を満たすだけの量は用意されている。僕も食べてみたが味は悪くない。それでも毎日食べさせられたら、飽きてサンドイッチを見るのも嫌になるはずだ。 そんな恵まれない環境にいるためか、若い子たちはとにかくハングリー精神、特に野球に対する向上心が旺盛だった。 彼らは現役のメジャーリーガーを間近で見る機会は少ない。僕がグラウンドでフリー打撃や守備練習をしていると、技術的なことで何かを盗もうと、食い入るように見つめる選手は少なくなかった。いや、ただ見ているだけではない。技術的なことで悩んでいる選手は、僕にアドバイスを求めてきたし、「オレのスイングを見てくれ」と教えを請う選手もいたほどだ。 僕も高校(宇和島東高)を卒業してヤクルトに入った。18、19歳の頃の僕は一日でも早く一軍に上がろうと真剣に練習していたが、ルーキー級の若い子たちと比べれば必死さが足りなかったような気がする。 マイナー選手の暮らしぶりを目の当たりにしたことで、二度とマイナーには行くまいと目の色を変えてプレーする気持ちが理解できるようになった。
ゲンダイネットから
そういう選手には、ほんと頑張って欲しいっ。
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